この1週間でマーケットは4－5％ほど回復しており、FOMC周りの話はいったん落ち着いた模様。今週は日本の住宅ローンの金利も5年ぶりの高値になったなど、金利上昇がじわじわと来ているニュースも出ていたが、少し落ち着いたところでウクライナ紛争問題を考えてみる。

過去の地政学リスクが顕在化したときの世界的な株価下落局面では、（なぜか）日本株が大きく下げるなど、結果的に地政学リスクに対して日本株はかなり脆弱となっているので注意したい。

ラブロフ露外相とブリンケン米国務長官による、ジュネーブでの直接会談でも緊張緩和の糸口を見いだせなかったことを受けて、株式市場でもウクライナ紛争リスクが徐々に意識され始めてきている。ウクライナ侵攻が起きるかどうか、また起きた時にどういった戦争になるか、予想することは難しいが、状況を整理したく、米のCSIS、ハドソン研究所、ランド研究所、英の王立国際戦略研究所（Chatham House）、独のドイツ国際安全保障研究所（SWP）の対ロシア戦略アナリストに話を聞いた人から情報を得たので、ここでシェアする。

**＜なぜロシアは2014年上回る大規模な兵力でウクライナ侵攻準備を進めるのか＞**

2014年以降、ウクライナ国境での紛争は数年おきに繰り返し起きていたが、今回はロシア軍13万人のウクライナ東部・南東地域国境への動員という、過去最大規模に拡大していることに加え、バイデン大統領が「2月にロシア軍がウクライナに侵攻する可能性が高まった」と異例の警告を行ったこともこれまでとは異なる温度感となっている。

キッカケは、ウクライナのゼレンスキー大統領が昨年の3月に、EU、NATO加盟国に対しウクライナの領土一体化、つまりロシアが占領したクリミア半島やドネツク地域を再度ウクライナに正式編入し国家主権を回復を目指す『クリミア・プラットフォーム』設立を呼び掛けたことが原因。
この『クリミア・プラットフォーム』呼びかけ直後の3月末以降、ウクライナ東部・南東部国境線へのロシア28個大隊戦術グループ（4000人）移動が始まり、4月末、10月末にそれぞれ5万人づつ精鋭隊が増強、直近では10/26のウクライナによるドネツク親露派軍への報復攻撃契機に更に3万人がシベリア他から集結している。
 2014年のロシア軍介入もドネツクでの国内紛争のエスカレーションという形で7ヶ月で14000人の死者を出す戦闘に繋がったことを考えると、今回は集結しているロシアの兵力、兵器、軍車両の規模が一回り大きく、地域紛争がエスカレートした“戦闘”へと発展する可能性は十分ある、とSWPはとらえている模様。

他のシンクタンク幹部からは「国内で大幅に支持を失ったプーチンによる国民へのアピール」「経済が窮地に追い込まれたロシアがウクライナ北部・西部の肥沃な農作物、東部・南部の重工業、ハイテク産業を取り入れることで経済力の巻き返しを図ろうとしている」との見方もあったようだ。

ただ、なぜ今なのか？という点でいえば、やはり“クリミア・プラットフォーム”をロシア側が非常に警戒しており、NATOの軍事力を背景にクリミア、ドネツクを奪還しようと企てているとの懸念が引き金であった可能性が非常に高い。
また、ウクライナはNATOとロシアの緩衝地帯でもあり、実際、EU米国がロシアのウクライナ侵攻に対して行った経済制裁案に対して、ラブロフ外相が「我々を窮地に追い込んだのは、我々自身でなく、ウクライナのNATO加盟を進めようとする欧米諸国だ」と発言しており、クリミアやドネツクをウクライナが奪還することに加え、ウクライナがNATOに取られることへの警戒感が強い。

**＜今後ロシアがウクライナ侵攻、あるいは長期的な国境周辺紛争を思いとどまる可能性はあるのか＞**

紛争が繰り返されるたびに株式市場は短期的に下落をしていたので、この点は気になるところ。

米CSISの担当者は「地域衝突（NATO平和維持軍とロシア軍のウクライナ領内での衝突）は不可避」と考えている一方で、英王立国際戦略研究所の担当者は、「非公開直接交渉（米露）による外交決着は可能」と考えているなど意見は2つに割れている。

CSIS幹部によると、通常の陸戦兵10万人とは別に、モスクワで厳しい訓練を繰り返してきた最精鋭の特殊部隊、選り抜きのサイバー攻撃、電子戦、指揮統制、ロジスティクス、エンジニアを東部・南東部の大規模基地に総勢１万人規模で駐屯させたことが、ロシアが本気の戦闘モードであることの証拠。この決断は、当地の戦闘が少なくとも6ヵ月以上続く前提であることを意味している、とのこと。

一方で、英王立国際戦略研究所主任アナリストは「プーチンは政治決着によりウクライナのNATO加盟を阻止することも諦めていない」と主張している模様。「プーチンはウクライナをNATOに奪われた場合のロシアが被る軍事的打撃は非常に深刻で、決してウクライナのNATO加盟を許す気はない。だが、予備役含め50万人（現役兵は25万人）にまで膨らんだウクライナ軍と全面対決することは、国を疲弊させ、ロシア経済に更に致命的な打撃となりかねないことも十分理解している」「従って、プーチン及びラブロフ外相は、軍事的全面衝突を避ける形で、ゼレンスキーが『クリミア・プラットフォーム』を諦める方法が無いかを模索している。だから、米やEUに対して“我々は窮地にある”と率直に表現している」

**＜ロシア側の要求は何なのか？＞**

ロシアは1月21日にEU及び米国に示した提案の中で①ウクライナのNATO非加盟の確約、　②東欧からのNATO軍撤収と中距離ミサイル配備禁止を掲げているが、東欧からのNATO撤退や　中距離ミサイル配備禁止はこれまでもあった話で、進展ないテーマ。そのため、今回ロシアの“最大かつ唯一の要求”が『ウクライナのNATO非加盟の確約』の一点に絞られる。

そう考えると、ウクライナとの長期戦や欧米からの経済制裁による“SWIFT締め出し”は極力回避したいはずであり、ウクライナ国境への大規模兵力集中は譲歩を引き出すためのロシア側の演出と考えるのが自然、と個人的には思う。
ただ、1/21の外相会談でブリンケンが発した「非公式ルートを通じた非公開の交渉が必要」というコメントは事態の進展がそう明るくないことも示唆しており、バイデン、プーチン、双方ともに国内で窮地に立っておりポーズを取り続ける必要がある。本音では双方ともに妥協したいと考えていると思うし、だからこその決定公開されない非公式会談を切望していると思うが、時間切れにならないことを祈るばかり。

まとめると、

シナリオ１：
欧米諸国が「クリミア・プラットフォーム不参加」の意向を（公式、非公式問わず）示すこと⇒当面ウクライナのNATO加盟は回避

シナリオ２：
欧米がNATO問題言及拒否なら時間切れでロシアは侵攻開始⇒ノルドストリーム2運用停止（ロシアから欧州への天然ガスパイプライン）か露のSWIFT除外が実現し世界経済に電撃ショック走る可能性

シナリオ２の場合、ノルドストリーム２の稼働を中止し、またロシアのSWIFTからの除外が行われると、原油・天然ガス市場のさらなる高騰、ロシア経済の疲弊、世界的な金融市場へのアクセス遮断によるロシア発の金融危機さえ起きる可能性もあり得る。また欧州を中心に資源価格の高騰から本格的なインフレ、というよりスタグフレーション化する可能性もあり、欧州にとっても諸刃の剣となる。

双方の影響の大きさを考えると最終的には大きな侵攻にはいたらない、と推察（期待）するが、今リスクをとるなら景気敏感株は狙わなくてもよさそうではある。原油先物を買って紛争リスクをヘッジするのも悪くはなさそうだ。本来ならここでビットコインが過去はいいパフォーマンスを示すのだが、最近は紛争時においても一緒に下落することが多いため、少し読みづらい。

ロシアのウクライナ侵攻はあるのか