4月9日に「水素社会推進法案」が衆議院を通過した。この法案は低炭素水素を供給・利用する企業の事業計画を政府が認定し、設備投資などへ助成金を出す事により2050年にカーボンニュートラルを実現する後押しを国が担う国策である。このレポートでは水素関連市場及び水素関連銘柄の動向についてアップデートしてみる。

目次

  1. 日本が水素社会構築を牽引
  2. 水素関連市場の市場規模予測
  3. 水素特許件数トップはトヨタ
  4. トヨタの水素戦略
  5. 国際水素サプライチェーン(NEDO採択)
  6. 水素発電技術(混焼、専焼)の実機実証(NEDO採択)
  7. 水電解装置の大型化技術等の開発(NEDO採択)
  8. 水素関連銘柄

日本が水素社会構築を牽引

水素は脱炭素社会実現の切り札であり、次世代エネルギーの本命と言われている。水から作る事もでき、燃やしても二酸化炭素を出さない理想的なエネルギーと考えられている。世界に先駆けて2017年に日本政府は「水素基本戦略」を策定した。その後2022年までに25か国が水素戦略を策定した。2023年には日本政府が水素閣僚会議(HEM: Hydrogen Energy Ministerial Meeting)を主催し、世界の水素社会構築への牽引役となってきた。

世界初の燃料電池自動車(FCV: Fuel Cell Vehicle)の実用化、家庭用燃料電池の普及拡大、水素輸送、水素発電、工場での熱利用など、これまでの研究開発の蓄積の上に様々な水素関連技術の実証も成功をおさめている。

水素関連市場の市場規模予測

市場調査会社の富士経済は2023年3月16日、水素関連の市場調査結果を発表した。富士経済の調査予測によると、水素ガスのグローバル市場は、2040年度に2021年度比2.1倍の53兆8,297億円に拡大するとの事であった。低炭素な製造方法による水素が主流となり、FCVや発電設備での利用が増加するとしている。水素ガスに加えて発電設備や製造装置、水素ステーションなどの機器も含めた水素関連市場は、2040年度に同3.5倍の90兆7,080億円になるとの事である。

日本での水素ステーションの市場規模は、2040年度に2021年度比76.3倍の1756億円と予測する。水素の調達コストが低下し、水素ステーションの設置数が増加すると見られる。

国内の水素利用はFCVの他、発電設備の燃料がけん引する。水素やアンモニアを混焼するための設備導入が推進されることで、水素需要が拡大する。政府のグリーン成長戦略では2030年に300万トン、2050年に2,000万トンの市場規模を目標としている。また、2030年に向けて水素の海外調達が強化され、中東や北米、オーストラリアなどから輸入が広がる。

グローバルでの水素の需要は産業原料や工業用が大半を占めており、今後も需要が継続する。2030年度ごろまではFCV向けの成長が牽引し、それ以降は発電向けが需要を広げる。2040年度には発電向けが産業原料や工業用と同等の規模まで増加するとしている。水素の需要拡大に向けて、CCUS(CO2回収)技術などを活用したブルー水素や再生可能エネルギーを使って生成するグリーン水素への設備投資が急増すると見込む。天然ガスの価格高騰により、ブルー水素やグリーン水素の価格差が縮まるという。

(出所:MONOist 2023年3月17日 水素関連市場は2040年度に90.7兆円に、FCVや発電用がけん引

(出所:富士経済 プレスリリース第23031号 水素関連の世界市場を調査

水素特許件数トップはトヨタ

水素ガスに加えて発電設備や製造装置、水素ステーションなどの機器も含めた水素関連市場は、2040年度に2021年度比3.5倍の90兆7,080億円と巨大な市場になると言われているが、水素開発で世界をリードしてきたのはトヨタである。欧州特許庁(European Patent Office)と国際エネルギー機関(IEA)が2023年1月10に発表した共同報告書によると水素関連の特許数トップはトヨタ自動車であった。

また、知的財産データベースを運営するアスタミューゼが、2010〜19年の10年間に全世界で出願された水素をめぐる特許を分析し、各国の総合的な競争力をランキング化したが、2010〜19年のトータルパテントアセット上位企業20社は以下になるが、やはりトヨタが一位であった。

(出所:Business Insider 2021/7/29 「水素技術「総合的競争力ランキング」トップ10にトヨタほか日本4社。専門家は「特許数への慢心」に警鐘」

トヨタの水素戦略

トヨタは経済産業省管轄のNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の水素・燃料電池戦略協議会で2023年4月に「水素利用拡大の取り組み」を発表した。

トヨタは世界初のFCV「MIRAI」を2014年に発売し、2020年12月に二代目「MIRAI」を発売した。発売直後は月間300台を超す台数が売れたが、700万円を超える高価格、水素ステーションの整備があまり進んでいなかった事等から思ったほど売れず月間10台しか売れなかった月もあった。

二代目「MIRAI」のセールスの失敗についてトヨタは「水素利用拡大の取り組み」の中で「FCV補助政策、大都市圏中心としたステーション整備を推進いただいているにも拘らず期待ほどのFCV販売台数につながっておらず、CO2低減(≒水素消費)の進み方が遅い」と述べている。

トヨタは水素利用拡大を進めるために以下に取り組んでいる

①商用車展開

日本でのCO2総排出量に占める運輸の割合は2割で、約半分は商用車から排出している。世界でも商用車のZEV(ゼロエミッション車)化が進む中で、トヨタも商用のZEVラインアップの準備を進めている。商用車での水素利用は大量の水素消費(≒効率的なCO2低減)の期待ができる一方、燃料代および水素充填の利便性などの向上も同時に解決する必要があると考えている。FCVの商用車の場合車両価格に比べて燃料代が非常に高額になるという問題があるために事業として運営可能なスキームが必要である。

②水素消費のモデル化

実証=>実装の第一弾として「福島・東京モデル」を2023年から開始。福島、東京間の幹線輸送にFC大型トラックを東京のラストワンマイル配送にBEV商用軽バン等計580台の商用電動車を導入し、運行管理と一体となったエネルギーマネジメントシステムの構築の実証実験をしている。

③機運の醸成

自治体・関連企業と連携した取組み、レースの場で広がった仲間づくり、水素のサプライチェーンを連動させた取り組みで水素社会実現の機運と実態を醸成していきたいと考えている。

国際水素サプライチェーン(NEDO採択)

ここまでは主にトヨタの水素関連の取り組みについて紹介したが、ここからはトヨタ以外の水素関連の取り組みについて紹介する。

NEDOは「2050年カーボンニュートラル」を達成するために2020年に2兆円の基金を造成し、「商用水素サプライチェーン」が第一号案件として実証研究事業に着手した。他に合計11テーマが採択された。需給一体となった商用水素サプライチェーンの構築を見通す技術の確立と、余剰な再生可能エネルギーの電力を水素に変え、熱需要の脱炭素化や基礎化学品の製造などで活用する。

大規模水素サプライチェーンの構築プロジェクトでは液化水素およびメチルシクロヘキサン(MCH)による大規模水素サプライチェーンの実証研究や液化水素関連機器の評価基盤の整備、直接MCH電解合成などの革新的技術開発を通して、水素供給コストを2030年に30円/Nm3(船上引き渡しコスト)、2050年に20円/Nm3(船上引き渡しコスト)以下まで低減させるための技術の確立を目指す。

「大規模水素サプライチェーン」の一環として日本水素エネルギー、岩谷産業(8088)、ENEOS(5020)は「液化水素サプライチェーンの商用化実証」に取り組んでいる。実証地としてオーストラリア、ヴィクトリア州と神奈川県川崎市の川崎臨海部間の液化水素の海上輸送の確立を目指している。また、水素の液化技術開発は川崎重工(7012)が取り組んでいる。なお、日本水素エネルギーの出資比率は川崎重工36.6%、岩谷産業33.4%、INPEX30.0%である。

MCHサプライチェーンの大規模実証、直接MCH電解合成技術開発(NEDO採択)

2030年30円/Nm3の水素供給コストを達成すべく、製油所の石油精製設備等を活用した脱水素技術の確立を図るためにMCH(メチルヘキサン)商用サプライチェーン構築のための商用化実証事業(水素供給量:数万トン/年・チェーン)を行う。また、MCH等の品質を標準化し、技術等をパッケージ化してライセンス供給等することで、国際市場の早期立ち上げを目指す。このプロジェクトはENEOS(5020)により実施されている。

水素発電技術(混焼、専焼)の実機実証(NEDO採択)

大規模需要を創出する水素ガスタービン発電技術(混焼(体積混焼比率:30%、専焼)を2030年までに商用化すべく複数事業者が既存事業等で開発された燃焼器等を実際の発電所に実装し、異なる実証運転を行う事で、燃焼安定性等を検証する。その際国際サプライチェーン実証事業と緊密に連携する。このプロジェクトはJERA(東京電力(9501)と中部電力(9502)の合弁会社)、関西電力(9503)、ENEOS(5020)により実施されている。

水電解装置の大型化技術等の開発(NEDO採択)

2050年カーボンニュートラル目標に対し、エネルギー部門のみならず産業部門の脱炭素化も求められている。これまで化石資源に主要原料を依存してきた化学産業も例外ではなく、CO2フリーでサステナブルなグリーンケミカルプラントに移行していく事が求められる。旭化成(3407)グループは市場要求に適合した大規模水電解システムを開発するとともに、日揮(1963)グループとともにグリーンケミカル製造技術を確立し、グローバルに事業化する事を目的とする。

世界初国際間水素サプライチェーン実証事業(過去に終了したNEDO採択事業)

国際間水素輸送の実効性を確認する事を目的に、千代田化工建設(6366)、三菱商事(8058)、三井物産(8031)、日本郵船(9101)の四社がAHEAD(Advanced Hydrogen Energy Chain Association For Technology Development:次世代エネルギーチェーン技術研究組合)を設立。NEDOより助成を受け2015年に始動した世界初の国際間水素サプライチェーン実証」は2020年12月に所期の目的を達成して無事に運転を完了した。

水素関連銘柄

このレポートでは以下の銘柄を水素関連銘柄として取り上げた。株価は全銘柄2024年4月17日の終値を記している。

トヨタ自動車(7203)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
3,597円48.51兆円38.7%7.5%2.3%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
10.8倍1.5倍10.5倍0.4倍N/A*

                       *配当金が未定のためにN/A

川崎重工業(7012)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
4,818円8,070億円21.4%9.3%N/A
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
67.2倍1.4倍N/A▲26.2倍0.83%

岩谷産業(8088)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
8,984円5,168億円41.1%9.7%4.5%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
15.4倍1.6倍10.0倍2.7倍1.06%

ENEOSホールディングス(5020)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
719.5円2.17兆円29.7%4.7%3.5%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
9.0倍0.7倍6.7倍▲0.3倍3.06%

INPEX(1605)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
2,428円3.06兆円62.5%7.6%3.7%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
9.3倍0.7倍2.4倍▲0.5倍3.13%

東京電力(9501)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
1,009.5円1.62兆円25.4%N/AN/A
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
6.6倍0.45倍10.2倍N/A0%

中部電力(9502)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
1,932円1.46兆円36.7%1.5%1.4%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
4.4倍0.6倍8.6倍N/A2.85%

旭化成(3407)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
1,097.5円1.52兆円47.8%N/AN/A
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
19.0倍0.9倍7.3倍▲0.6倍3.28%

日揮(1963)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
1,504円3,633億円52.9%7.6%4.1%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
22.7倍0.9倍3.6倍▲0.5倍2.7%

千代田化工建設(6366)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
440円1,140億円8.2%48.6%22.8%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
6.3倍3.6倍1.5倍0.3倍N/A

三菱商事(8058)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
3,442円14.22兆円37.6%13.5%N/A
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
15.3倍1.6倍N/A3.5倍2.03%

三井物産(8031)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
7,061円10.59兆円43.1%15.9%N/A
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
11.2倍1.5倍N/A2.1倍2.41%

日本郵船(9101)

株価時価総額自己資本比率ROEROIC
4,043円1.91兆円63.1%40.2%7.1%
予想PERPBREV/EBITDAPEGレシオ配当利回り
10.0倍0.8倍8.2倍▲0.2倍3.22%

このレポートで取り上げた水素関連13銘柄のうち、投資妙味があると思われるのはトヨタ自動車(7203)、岩谷産業(8088)、ENEOS(5020)の3銘柄である。

トヨタに関しては単なる自動車会社を超えてエネルギー政策をリードする企業であると思っている。1月下旬に書いた「トヨタ株、ダイハツの出荷停止問題を超える強さとは」のレポートでも触れているが、EVにコミットせずマルチパスウェイ戦略を取っている事から競合他社が鈍化するEV市場で戦略転換を図る必要があるなかEVに代わり人気のハイブリッド車の販売が過去最高を更新し、業績も過去最高益となる予定である。EVに関しては2026年までに10車種投入、本命の全固体電池搭載のEVのローンチが2027年~2028年との計画であるが、全固体電池はEVのゲームチェンジャーであると言われている。その間に水素に関してはNEDO採択のプロジェクトでサプライチェーンの構築、水素エネルギー価格の低下が実現し、2030年以降本格的に普及になるのではないかと考えている。

岩谷産業に関してはFCVの普及に必須の供給インフラである水素ステーションを全国に建設している。まだFCV普及には早いが2030年に水素ステーション1,000基建設を目標としており、国内唯一の液化水素サプライヤーである岩谷産業がトップシェアを取ると思われる。また、本格的な水素社会到来するとバスやフォークリフト等も水素を動力源として使用する事になるが、これに備えて岩谷産業は液化水素の国内生産を2倍に増加する計画を3月末に発表した。

ENEOSに関してはe-fuelという水素と二酸化炭素を原材料として製造する石油代替燃料にe-fuelの大手HIF Globalと提携して日本国内のe-fuelの普及に取り組んでいる。e-fuelはガソリンの代替燃料であり、世界中のカーボンニュートラルの流れからガソリンに代わって普及していく事が予想される。この他にENEOSはJFE(5411)と協業で両社が事業拠点を構える水島コンビナート(岡山県倉敷市)で水素の貯蔵、サプライチェーンの構築に取り組んでいる。