執筆:西村 麻美


ウクライナへの侵攻を受けて、ロシアへの経済制裁が始まってる。マーケットアナリストとして日本株への影響を考察。影響のありそうな銘柄をピックアップしてご紹介します。

三井物産の基本情報

株価
(2022/3/2)
時価総額 自己資本比率 ROE ROIC
2,819円 4.5兆円 36.2% 6.7% N/A
PER
(実績)
PER
(予想)
PBR 配当利回り EV / EBITDA
14.15倍 5.48倍 0.91倍 3.72% N/A

2月24日にロシアのプーチン大統領は国営テレビを通じて緊急演説を行い、親露派武装勢力とウクライナ軍の紛争が続くウクライナ東部で特別軍事作戦を行うと表明した。この後ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

これを受けて米欧などの主要国がロシア大手銀行ロシア大手銀行を国際決済ネットワークである国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除することを決定したのを始めとして主要国が経済制裁を次々に発表した。週明け2月28日の日本株式市場ではロシア関連銘柄が大幅安となった。28日夜(イギリス時間朝)にイギリス石油大手のシェルがロシア極東サハリンの天然ガス事業サハリン2から撤退する方針を発表した。

事業主体のサハリンエナジー社には、ロシア最大の政府系ガス会社ガスプロムが50%、今回撤退を決めたシェルが27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%出資をしている。サハリン北東部のオホーツク海の大陸棚で採掘された天然ガスを全長800キロのパイプラインでサハリン南部のLNGの生産施設に運び、液化したうえで専用のタンカーで輸出し、生産されるLNGのおよそ6割は日本の電力会社とガス会社が長期契約で購入していて、日本が輸入するLNGのおよそ8%を占めている。

シェルはサハリン2のオペレーターを務めていたが、オペレーターが撤退後にサハリン2は継続できるのか。日本の電力会社とガス会社が長期契約でLNGを購入しているが、この時点で三井物産、三菱商事が撤退を決定した場合にどの位の損失を計上するのだろうか。

サハリン2の三井物産への影響を考える前にまず三井物産のロシアでの事業であるが、モスクワに三井物産モスクワ有限会社を子会社として保有しており、モスクワ子会社を通じて鉄鋼加工会社、建設機械販売会社、トラック販売会社、トヨタとの合弁事業、アウディ、ポルシェのディーラー、木材製材会社、ミールキットのデリバリー会社、医薬品製造会社、電子決済会社に出資している。多方面にわたり事業を展開しているが、SWIFTからロシアの銀行が排除されているので日本への送金が難しいなど、ロシア国内でのビジネス活動は継続できてもそれが収益として本社の決算に計上されるのか、また資金繰りとして還元できるのか、など、ルーブル安による影響以上に不透明なことが多い。


三井物産のIR資料の中で国別エクスポージャーを2021年9月末時点で発表している。ロシアには投資、融資、保証残高が4,471億円、商事債権残高が135億円の計4,606億円であった。この金額は全投資、融資、保証残高、商事債権残高9兆4,047億円の約4.9%ほどである。三井物産の3Q末時点の純資産の金額13兆7,875億円から見ても3.3%くらいのエクスポージャーである。投融資、保証、商事債権残高だけであるならばロシアに必要以上にエクスポージャーが大きいとは言えないだろう。


アーク2プロジェクトはロシアの北極圏でLNGプラント(年間生産能力1,980万トン、生産開始予定2023年)を建設・操業するロシアの民間ガス大手ノバテクが事業実施主体である。総事業費は210億ドル(約2.4兆円)で、三井物産は政府出資の独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と共に出資している。

プロジェクト会社アークティックLNG2社の持分をJOGMECと合わせて10%取得しており、三井物産の持分は10%の四分の一、2.5%である。アーク2にはフランスのエネルギー大手トタルエナジーも出資しているが、3月1日時点でロシアに新規に投資はしないとコメントしたが、撤退との決定は発表していない。しかし、アーク2プロジェクトに融資する予定であったイタリアの国営金融機関である預託貸付公庫(CDP)、他一行が5億ユーロ(5億6,100万ドル、約645億円)の融資を中止すると発表した。アーク2に関しては2021年にJBICが三井住友銀行と2,000億円規模の協調融資をした。三井物産の持分は2.5%と低いために保証をしていたとしても規模はサハリン2ほど大きくならないと思うが簿外債務になりえる。

仮に三井物産がロシアから完全撤退との決定をした場合におそらく最大でも4,606億円位の損失計上になると思うが、その金額は3Qの累計税引前利益8,322億円の54%、3Qの累計基礎営業キャッシュフロー(営業キャシュフローから運転資本の増減に係るキャシュフローを除き、リース債務の返済による支出を減算したもの)8,629億円の53%、今期当期利益予想額8,400億円の55%である。

また、サハリン2からの受取配当金であるが、サハリン2単独の配当金は開示されておらず、他のLNGプロジェクト5案件のアブダビ、カタールガス1、オマーン、カタールガス3、赤道ギニアと合わせて3Q時点で460億円であった。四半期毎の配当金としてざっくり計算するとサハリン2撤退による受取配当金の減少は約25億円位かと推測する。

問題は簿外債務である。2008年と2009年に国際協力銀行(JBIC)がサハリンエナジー社に対して計67億ドルの融資調印を行った際に三井物産は他の株主であるシェル、三菱商事と共にプロジェクト完工までの保証を差し入れている。今回シェルが撤退するとの表明の後にこの保証に関しては残りの株主でカバーするのか、保証金額がどの位になるのかなどの不透明要素が大きい。

サハリン2に関してはプロジェクトの歴史が長く1994年にサハリン・エナジーにシェル55%、三井物産25%、三菱商事20%の出資をした。1999年には第一フェーズ原油生産が行われて2001年に全体計画がロシア政府に承認された。2006年になりロシア政府に環境アセスメントの不備を指摘されて一旦は開発は中止になったもののその後の交渉でガスプロムの参画が決定した。これによりガスプロムの持分は50%プラス1株、シェル27.5%マイナス1株、三井物産12.5%、三菱商事10%に持分比率が変更になった。また環境問題の見直し等によりコストが当初予定の100億ドルから200億ドルに倍増した。このような経緯があるLNGプロジェクトであるが、サハリン2の融資関連の情報を探しても2008年以前のものは出てこない。1994年にサハリン・エナジーに出資した際にも保証をしている可能性も高いと推測する。

ただし、ロシア事業について簿外債務がある場合は4600億円の最大損失では済まない可能性はある。例えば、投融資残高は4600億円としても、各プロジェクトのローンの保証などを行っている場合、実際には潜在的なエクスポージャーは4600億円を超える可能性もあり得る。情報がないため全く分からないものの、ワーストケースとしてはこういった保証等による影響もあるだろう。

サハリン2プロジェクト関連の簿外債務の可能性を考えると三井物産が抱えるロシア関連のリスクはIR資料で公表されている投融資残高よりもはるかに大きくなる可能性があると推測せざるを得ない。


三井物産の株価を見ると、ロシアへのエクスポージャーはあるものの今期最高益更新期待で2月18日に年初来高値の3,121円を付けた。24日のプーチン大統領の緊急演説後週明けの28日には5%近く下落した。

その後は株価は回復し、3月4日時点で2,995円まで戻した。三井物産のロシア関連の損失はIR資料で開示ベースの4,600億円でとどまるか、あるいは簿外債務がある場合には更に膨らむ可能性もあり、再び大きく株価が下落する場面があったとしても慎重に考えた方がよいかと思われる。株価がこれからも下げ続けるとしたら実際に計上される損失以上に売られ過ぎているという事になり、むしろ買いのタイミングと捉えるべきか、簿外債務の有無やロシア以外のエネルギープロジェクトの需要拡大なども考慮しつつ慎重に考えたいところである。


投資アイデア

他の投資家が何に注目しているか、アイデアブックでご確認いただけます。


プロフィール

西村麻実 / MamiNishimura
株式会社クリプタクト
マーケットアナリスト 西村 麻美

新卒でメリルリンチ証券東京支店入社後コーネル大学経営大学院にMBA留学。
卒業後東京に戻りHSBCアセットマネージメントにて日本株アナリスト、年金運用、アライアンスバーンスタイン東京支店にてプロダクト・マネージャーとして勤務後フリーランスのコンサルタントを経て現職。


当社は、本記事の内容につき、その正確性や完全性について意見を表明し、また保証するものではございません。記載した情報、予想および判断は有価証券の購入、売却、デリバティブ取引、その他の取引を推奨し、勧誘するものではございません。過去の実績や予想・意見は、将来の結果を保証するものではございません。
提供する情報等は作成時現在のものであり、今後予告なしに変更または削除されることがございます。当社は本記事の内容に依拠してお客様が取った行動の結果に対し責任を負うものではございません。投資にかかる最終決定は、お客様ご自身の判断と責任でなさるようお願いいたします。
本記事の内容に関する一切の権利は当社に帰属し、当社の事前の書面による了承なしに転用・複製・配布することはできません。