先日トヨタ自動車が発表した2027~2028年に全固体電池を搭載したBEV(Battery Electric Vehicle、電動自動車)を投入する予定のニュースでトヨタの株価の行方が気になる人も多いと思う。この記事ではトヨタ自動車の株価のPERが現在の12倍から3倍上昇の36倍になる可能性について全固体電池の特許数、リチウムイオン電池の環境負荷の問題に焦点を当てて説明する。

目次

  1. 全固体電池でゲームチェンジ
  2. リチウム電池も大幅増産
  3. 水素燃料電池に10万台のオファー
  4. トヨタのマルチパスウェイ戦略
  5. リチウム確保のリスク
  6. 全固体電池 vs リチウムイオン電池
  7. 二大EVメーカーは全固体電池開発に成功しているか?
  8. テスラ、BYD、トヨタのKPI比較
  9. トヨタ株のバリュエーションはどうなるか?

全固体電池でゲームチェンジ

トヨタ自動車が6月8日に「トヨタ・テクニカル・ワークショップ」で全固体電池の量産計画を発表した。2027~2028年に全固体電池を搭載したBEVを投入する予定である。全固体電池は電解質が固体となるため、イオンの動きが速く、高電圧・高温への耐性がある。これにより、高出力化、長い航続距離、充電時間の短縮などが期待されている。10分以下の充電で約1,200キロメートルを走行でき、この航続距離は現在のリチウムイオン電池搭載のEVの2.4倍である。課題であった電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見したとの事で、現在量産に向けた工法をグループ会社の豊田自動織機と開発中である。(出所:トヨタイズム 2023.06.13 〈BEV〉全固体電池の「新技術」を発見

トヨタは2021年12月に開催した「バッテリーEV戦略に関する説明会」で2030年にBEV350万台を目標とすると発表していたが、今回の「トヨタ・テクニカル・ワークショップ」で350万台のうちの170万台を次世代BEVが占めると発表した。この次世代BEVとは全固体電池、次世代リチウムイオン電池といった航続距離1,000キロメートルを超えるBEVの事である。

全固体電池はBEVのゲームチェンジャーとも言われており、実用化が長い間期待されていた。トヨタはこの数年間海外の自動車メーカーに比べてEV化に遅れているとの批判が多く株価も低迷していた。2022年8月にはトヨタの予想PERは8倍台まで落ち込んだ。海外投資家による日本株の買い越しが4月から始まったが、それでも株価は2,000円を下回っていた。6月2日に終値で2,000円台に乗せ、6月13日に「トヨタ・テクニカル・ワークショップ」の資料が公開され全固体電池の量産計画が伝わるとトヨタ株は大幅に上昇した。6月13日の始値2,100円から6月15日の場中に付けた年初来高値の2,358円まで3日間で12%上昇した。それでもまだトヨタ株のバリュエーションは予想PERが12倍と割安である。

リチウム電池も大幅増産

6月16日にトヨタのEV用リチウム電池の生産計画に経済産業省が1,200億円の補助をするとの報道があった。トヨタは2022年8月に車載用電池の生産に関連し、国内で約4,000億円を投資する計画を公表している。国からの補助金で、兵庫県内にあるパナソニックとの合弁会社「プライム プラネット エナジー&ソリューションズ」の工場などで電池生産を拡大する。これによりリチウムイオン電池の国内全体の生産能力は年間で25GWh増加し、現在の2倍以上になるという事である。

世界的なEVシフトでリチウム電池の調達リスクが高まっているが、トヨタに関してはその心配はないだろう。グループ会社の豊田通商を通じてリチウム電池の材料を充分確保している。2010年から豊田通商は豪州の資源会社オロコブレと共同でリチウム開発の事業化を始め、2012年より事業化しており、権益を有している。(豊田通商はプロジェクトの25%の権益を保有、販売権は100%保有。)アルゼンチンのオラロス塩湖のかん水から天日干しで炭酸リチウム(粗原料)を年間4万2,500トン生産し、一部を日本に輸入し福島県楢葉町の生産工場で水酸化リチウムに加工している。楢葉町の生産工場の生産能力は年間1万トンで車載向けなどの電池用途等に販売している。(出所:週刊エコノミストOnline EV時代の到来を見すえ10年前からリチウム確保に走っていたトヨタグループの商社、豊田通商の用意周到な資源戦略 2021年6月14日

トヨタはEV化の遅れを批判されていたが、4月に佐藤新社長に交代してからはEV化を加速している。トヨタの2024年3月期のBEVの販売台数見通しは20.2万台と前期比5.3倍と大幅増の予定である。トヨタの2024年3月期の全車種の生産台数見通しは1,010万台であり、そのうちの2%がBEVの予定である。また、2026年までには10のモデルを新たに投入し、BEVの世界販売台数を年間150万台とすると4月の新体制方針説明会で発表している。さらに同年2026年には、既存のモデルの2倍の航続距離の次世代のBEVを投入すると発表した。トヨタの最新のBEVセダンのbZ3の航続距離は616kmである。

(出所:トヨタ自動車 2023年3月期決算説明会資料)

水素燃料電池に10万台のオファー

トヨタは1990年代にバッテリーEVと同時に水素の開発を開始し、2014年に水素燃料電池車(FCV)の初代MIRAIを発売し、2020年11月に初代モデルを販売終了した。初代MIRAIの世界累計販売台数は1万1,000台だった。2020年12月に二代目MIRAIを発売した。二代目MIRAIの2020年12月から2023年5月までの国内累計販売台数は3,647台であった。(出所: 一般社団法人日本自動車販売協会連合会)価格が710万〜805万円(140万円前後の優遇措置が受けられるために実際のユーザー負担金額は600万円前後)と高く水素ステーションの数が少ない事から売れていない。

水素ガスの市場規模予測であるが、2023年3月に市場調査会社の富士経済は水素ガスのグローバル市場は、2040年度に2021年度比2.1倍の53兆8297億円に拡大すると発表した。低炭素な製造方法による水素が主流となり、燃料電池車(FCV)や発電設備での利用が増加するとの事である。日本は世界に先駆けて2017年に「水素国家戦略」を策定したが、2022年までに日本を含め 26 の国・地域が水素戦略を策定した。2050年カーボン・ニュートラル達成のために世界各国にとり水素エネルギーは重要である。

上述のように水素エネルギー市場はこれから大きく拡大する状況であり、MIRAIに関しては市場投入が早過ぎた為に売れなかったととらえている。トヨタはMIRAIの水素ユニットを使い水素燃料電池の外販を始める計画で既に2030年に大型トラック、小型商用車向けに10万台の水素燃料電池のオファーがあると先日の「トヨタ・テクニカル・ワークショップ」で発表した。

トヨタのマルチパスウェイ戦略

佐藤新社長が就任し、EV化を加速しているものの、トヨタは2050年カーボンニュートラル(CN)を達成するためにこれまでと同様ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(BEV)、燃料電池車(FCEV)、水素自動車、カーボンニュートラル燃料と、多様なソリューションを通して環境負荷の低減を図る「マルチパスウェイ」戦略を踏襲している。

新車一台が発生するWell to Wheel(走行時だけでなく燃料等の生成時にも発生する量も含んだ二酸化炭素排出量の指標)での二酸化炭素(CO2)排出量を、対2019年比で2030年までに33%以上、2035年までに50%以上低減させる方針である。

(出所:トヨタ自動車 2023年3月期決算説明会資料)

リチウム確保のリスク

EV二大メーカーはテスラとBYDである。世界最大のBEV専業メーカーはテスラで2022年の販売台数は前年比40%増の131万台であった。BYDはBEVを92万台、PHEVを95万台生産し、EV生産台数計187万台で世界トップに立った。 テスラはBEV131万台生産のうち72万台弱は上海の工場で生産した。

EVの世界販売台数は、国際エネルギー機関(IEA)によると2022年のBEVとPHEVを合わせたEV新車(乗用車)販売台数合計は初めて年間1,000万台を超え、前年比55%増の1,020万台となった。IEAの推計では、2023年もEVの世界の販売台数は、引き続き最高記録を更新し、前年比35%増の1,400万台に達すると予測している。IEAによると、主要国の目指す2050年カーボン・ニュートラルのベースライン・シナリオで、2025年に世界全体で2,050万台(内燃機関車を含む新車販売台数に占める比率は20%超)、2030年に3,690万台超(同35%)と予測している。

IEAの予測の数字が達成可能であるかと考えるととても難しい印象がある。現在の主流のリチウムイオン電池のリチウム、ニッケル、コバルトといった材料はレアメタル(希少金属)であり、精製工程が難しく流通量が少ない。また、多額の投資も必要である。鉱物、EV電池の市場調査会社のBenchmark Mineral Intelligenceの予測によると2030年のリチウムの世界需要は2030年に240万トンに達し、2022年の生産量60万トンより180万トン多く、必要な投資額は420億ドル(約5兆9,220億円)が必要であると試算をした。(出所:Green Car Congress "Benchmark Mineral Intelligence: lithium industry needs $42B investment to meet 2030 demand)これはあくまでリチウムを精製するのに必要な投資額である。

EVメーカーの負担は更に大きな額が必要である。週刊ダイヤモンド 2023年5月27日号P.30「半導体より深刻な電池欠製乏危機。EV爆増で投資競争開戦!」によると、2030年にEV3,500万台を生産する場合にEVの車体造投資額が16.1兆円、リチウムイオン電池の製造額が25.4兆円、計41.5兆円がEVメーカーには必要であると試算している。

巨額の投資のみならず環境に対する大きな負荷も問題視されている。リチウムの生産方法は、「塩湖かん水」を濃縮する方式と、「スポジュメン鉱石(リシア輝石)」を精製する方式の2つに大別される。生産過程で大量の水を消費するため、生産が拡大すると農業用水や生活用水が不足することが懸念されている。また、精製の過程で硫酸ナトリウムなどの副産物が発生することから、排水の際に水質・土壌が汚染されるという問題がある。さらに、化石資源を燃料とする重機によるスポジュメン鉱石の採掘、貨物車・貨物船による鉱石の輸送の際に温室効果ガスや大気汚染物資が排出される。(出所:日本総研 世界の EV シフトを左右するリチウム生産の課題  2022 年6月6日

リチウムの生産国はアルゼンチン、チリ、中国、オーストラリアである。この四か国のうち中国のみがリチウムイオン電池のサプライチェーンの全ての工程を有している。中国は世界一のEV大国であり、自国のEVメーカーへの供給を優先して輸出規制をする可能性がある。テスラは今のところ中国とは良好な関係を保っており、上海のギガファクトリーで総生産台数の半分以上を製造し、上海臨港新エリアに大型蓄電システム工場新設を計画している。しかし、米中対立が更に酷くなると中国依存がリスクになる可能性がある。

現行のリチウムイオン電池のままEV化を進めるとコストは莫大なものになり、環境への負荷も大きく、しかも地政学的リスクも小さくないというのが実情である。元々地球環境を良くするためにカーボン・ニュートラルの動きが始まったのにこれでは本来の目的とは逆になってしまう可能性もあるのではないだろうか。

全固体電池 vs リチウムイオン電池

全固体電池はリチウムイオン電池に比べてどう優れているのであろうか?

EVに搭載されているリチウムイオン電池はリチウムイオン二次電池であり、使い切りでなく、充電して繰り返し使える電池である。現行のリチウムイオン二次電池と全固体電池の比較を日経新聞が二年前と少々古いがまとめたものを以下に貼り付ける。

(出所:日経新聞電子版 2021年1月13日 「見てわかる全固体電池 EV向け本命、トヨタなど開発急ぐ」)

リチウムイオン電池の液体電解質は劣化しやすく電池寿命が短く、ショートすると発火するリスクがある。ガソリン車より頻度は遥かに低いがテスラ車、BYD車、他のメーカーのEVも発火事故は起きている。

一方、全固体電池は固体材料を使うため、液漏れなどの心配がなく、安全性や形状の自由度が高まる。繰り返し充電しても劣化が少なく、冷却する必要がなく、高容量・小型化など電池の基本性能を劇的に高められる。

2027年~2028年に投入予定のトヨタの全固体電池はバイポーラ構造とハイニッケル正極を組み合わせたもので、最大航続距離は2022年に発売されたEVのbZ4Xとの比較で210%、1,291kmである。最短充電時間は10分である。

このスペックで量産できるならばトヨタはBEVのマーケットで大逆転となる可能性が高い。

二大EVメーカーは全固体電池開発に成功しているか?

調べてみたが、テスラ、BYD両社とも全固体電池の開発に成功していないようである。世界最大の電池メーカーの中国のCATLは4月に電池容量が二倍の半固体電池を発表した。日産自動車やホンダは経産省の支援を受けて研究開発をしており、日産は2028年に全固体電池搭載のEVを発売すると2023年2月に発表している。

全固体電池の特許数はトヨタが突出して多い。昨年7月時点の特許数を日経新聞が掲載しているが、おそらく現時点ではトヨタの特許数は更に増えていると思われる。世界全体で2000年から22年3月末までに公開された特許数を調べると、トヨタ自動車が1,331件と首位であった。2位のパナソニックHDの445件と3倍差がある。トヨタは1990年代から研究を手掛け、20年にはナンバープレートを取得した全固体電池搭載の試作車の試験走行に成功した。

(出所:日経新聞電子版 2022年7月7日  「トヨタが特許数首位の全固体電池とは?」) 

アメリカではベンチャー企業のQuantumScape(NYSE上場、QS)やSolid Power(Nasdaq上場、SLDP)が全固体電池の開発を手掛けているが、両社とも量産には至っていない。

テスラ、BYD、トヨタのKPI比較

テスラ、BYD、トヨタのKPIを比較してみる。

 TeslaBYDトヨタ
株価256.60ドル(2023/6/23)64.74ドル(2023/6/23)2,226円(2023/6/26)
時価総額USD8,133億(116兆円)USD1,034億(14.7兆円)30兆円
売上USD814.6億(11.6兆円)CNY4,240億(8兆4,206億円)37兆円
営業利益USD138億(1兆9,734億円)CNY229億(4,548億円)2兆7,250億円
販売台数131万台185万台882万台
営業利益率16.8%5.4%7.3%
予想PER74.6倍30.8倍11.7倍
PBR16.9倍5.9倍1.1倍
PSR10.0倍1.4倍0.8倍
EV/EBITDA49.7倍3.7倍9.5倍
ROE25.7%18.3%8.7%
ROIC25.2%8.7%2.7%

         注:Tesla, BYDの売上は2022年通年の売上高。トヨタは2023年3月期売上高。

テスラの営業利益率は16.8%とトヨタの営業利益率7.3%の2.3倍近く高い。以前にも書いたが、テスラは直販Webサイトによる予約受付でのみ販売しており、広告費も使っていないために利益率は高い。テスラのROEはトヨタの3倍近く、ROICは9倍以上高い。それだけ経営効率が高いために予想PERは70倍台とプレミアムがついている。BYDは営業利益率が5.4%とテスラの営業利益率の三分の一位である。BYDはトヨタ同様ディーラーで販売する方式であるが、営業利益率はトヨタより1.9%低い。しかし、自己資本比率がトヨタは38.1%、BYD22.4%とBYDの方が財務レバレッジが高くROE、ROICともにトヨタの倍以上高い。BYDはトヨタより資本効率が倍以上高いために予想PERはトヨタの2.6倍位高い。

トヨタ株のバリュエーションはどうなるか?

トヨタのバリュエーションは全固体電池の発表の前まではPBRが1.0倍を割っていた。全固体電池の発表以降PBRは1.1倍まで上昇したが、それでもまだまだ割安である。トヨタのPSRは0.8倍と超割安であり、テスラのPSR10倍はトヨタの12.5倍、BYDのPSRは1.4倍とトヨタの1.75倍である。トヨタのPSR0.8倍が意味するところはEV化に遅れた事によるディスカウントであると解釈できる。

現在のトヨタ株のバリュエーションは2027年~2028年に全固体電池搭載のBEVをローンチすると発表したものの、四年先の事でBEVのマーケットの勢力図が変わる可能性があるが、まだ株価に織り込まれていない。トヨタが全固体電池の量産に成功したら、次世代のBEVのデファクトスタンダードになる事は間違いないと思われる。

現状から推測するとテスラやBYDがトヨタより先に全固体電池を量産できる可能性は限りなく低いと思われる。リチウムイオン電池ではテスラとBYDがマーケットリーダーであるが、全固体電池がゲームチェンジャーとなりトヨタがBEVのマーケットリーダーになる可能性が高い。そうなれば、トヨタの株価バリュエーションは現在のテスラ並みの70倍台とまではいかなくても現在のPERの3倍になってもおかしくない。その時にはリチウムイオン電池はオワコンとみなされてテスラ、BYDのバリュエーションは現在のトヨタ並みに低下する可能性がある。