今週の注目投資トピックは「日本製鉄によるUSスチール買収、トランプ米大統領が条件付きで容認」元記事はこちら。
以下、5月26日の株式新聞の記事より引用。
日本製鉄<5401.T>による鉄鋼大手ユナイテッド・ステイツ・スチール(USスチール)<X>買収計画について、トランプ米大統領は23日、自身が設立したトランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ<DJT>が運営する「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、条件付きで支持する考えを明らかにした。
USスチールが同日、日本製鉄との計画的提携を発表したことを受けたもの。USスチールは声明文で、「日本製鉄との提携は、今後4年間で巨額の投資と新技術、そして数千人もの雇用をもたらし、当社はより大きく、より強力に成長していく」と発表。トランプ大統領は、「少なくとも7万人の雇用と140億ドルの経済効果が米国経済に創出される」としており、日本製鉄による巨額の追加投資が決め手になったもようだ。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、140億ドルの投資にはペンシルベニア州に新しい製鉄所を建設するための40億ドルの投資も含まれている。
ただ、日本製鉄によるUSスチールの完全子会社化が認められたのかは分かっておらず、承認された買収計画の詳細は不明。トランプ大統領は25日、記者団に対して「(USスチールは)米国によって支配される」などと述べている。
23日の米国株式市場でUSスチールの株価は前日比で一時25%超高の54.00ドルと急騰し、52週高値を更新した。また、週明け26日の東京株式市場で日本製鉄の株価は前週末比212円高の3081円と大幅に続伸している。
週末に日本製鉄によるUSスチール買収が容認されたとの報道があったが、日本製鉄からはこの件に関するプレスリリースはない。一方USスチールからは5月23日付で"U. S. Steel Statement on President Trump’s Leadership"のタイトルで
PITTSBURGH--(BUSINESS WIRE)-- United States Steel Corporation (NYSE: X) (“U. S. Steel”) today issued the following statement:
President Trump is a bold leader and businessman who knows how to get the best deal for America, American workers and American manufacturing.
U. S. Steel will remain American, and we will grow bigger and stronger through a partnership with Nippon Steel that brings massive investment, new technologies and thousands of jobs over the next four years.
U. S. Steel greatly appreciates President Trump's leadership and personal attention to the futures of thousands of steelworkers and our iconic company.
以下、USスチールのプレスリリースの機械翻訳。
トランプ大統領は、アメリカ、アメリカの労働者、そしてアメリカの製造業にとって最良の取引を実現する方法を熟知した、大胆なリーダーであり実業家です。USスチールは今後もアメリカ企業であり続け、日本製鉄との提携を通じて、今後4年間で巨額の投資、新技術、そして数千人の雇用をもたらし、より大きく、より強く成長していきます。USスチールは、トランプ大統領のリーダーシップと、何千人もの鉄鋼労働者と私たちの象徴的な企業の未来に対する個人的な配慮に深く感謝しています。
また、トランプ大統領は自身が設立したSNSのTruth SocialでUSスチールと日本製鉄の提携について5月24日付で以下のようにコメントしている。
I am proud to announce that, after much consideration and negotiation, US Steel will REMAIN in America, and keep its Headquarters in the Great City of Pittsburgh. For many years, the name, “United States Steel” was synonymous with Greatness, and now, it will be again. This will be a planned partnership between United States Steel and Nippon Steel, which will create at least 70,000 jobs, and add $14 Billion Dollars to the U.S. Economy. The bulk of that Investment will occur in the next 14 months. This is the largest Investment in the History of the Commonwealth of Pennsylvania. My Tariff Policies will ensure that Steel will once again be, forever, MADE IN AMERICA. From Pennsylvania to Arkansas, and from Minnesota to Indiana, AMERICAN MADE is BACK. I will see you all at US Steel, in Pittsburgh, on Friday, May 30th, for a BIG Rally. CONGRATULATIONS TO ALL!
トランプ大統領のコメントの機械翻訳は以下の通り。
熟慮と交渉を重ねた結果、USスチールはアメリカに留まり、本社を偉大な都市ピッツバーグに置くことを誇りに思います。長年にわたり、「ユナイテッド・ステイツ・スチール」の名は偉大さの代名詞であり、今、再び偉大さの代名詞となるでしょう。これはユナイテッド・ステイツ・スチールと日本製鉄の計画的な提携であり、少なくとも7万人の雇用を創出し、米国経済に140億ドルの付加価値をもたらします。この投資の大部分は今後14ヶ月間に実施されます。これはペンシルベニア州の歴史上最大の投資となります。私の関税政策により、鉄鋼は再び永遠に「MADE IN AMERICA(アメリカ製)」となることを保証します。ペンシルベニア州からアーカンソー州、ミネソタ州からインディアナ州まで、「アメリカ製」が戻ってきました。5月30日(金)、ピッツバーグで開催されるUSスチールの大規模集会で皆様にお会いしましょう。皆様、おめでとうございます!
日本製鉄からプレスリリースが出ていないので、上記記事から推測すると、日本製鉄が目指していた完全子会社化ではなく、USスチールを持分法適用会社とする所で決着を付けた印象がある。US Steel will REMAIN in America, and keep its Headquarters in the Great City of Pittsburghとの表現だと日本製鉄の子会社化という可能性はなさそうである。持分法適用会社となると日本製鉄の出資比率は20%~49%の範囲になる。
USスチールが日本製鉄の「持分法適用会社」にとどまる形になると、日本製鉄は
①経営方針に“影響を与える”ことはできても、決定する立場にはない
②企業統治や抜本的な構造改革(=リストラ・再編)に対する実行力を持たない
という責任は伴うのに主導権はないという日本製鉄にとってはメリットがなさそうな立場におかれる懸念がある。
USスチールは過去15年以上に赤字と黒字を繰り返しており、2025年1Q時点での有利子負債は41億ドル(約5,822億円)ある。業績不振が続いている理由であるが、高炉中心の重厚長大型生産体制で、高炉は維持費が高く、CO2排出量が非常に大きい。近年は電炉にシフトしている鉄鋼会社が多く高炉は柔軟性・コスト競争力・環境適応性で遅れをとっている。また、コスト構造が人件費、原材料、保守費用が高く、結果として、中国・インド・韓国の競合企業に比べて製造原価が高い。
USスチールの主力製品は一般建材・パイプ・自動車向け鋼板であるが、現在の鉄鋼市場では電気自動車向けのハイテン鋼(高張力鋼板)、半導体装置用の高機能ステンレス、脱炭素対応のグリーンスチールが求められているが、日本・韓国・ドイツの高級鋼メーカーに後れを取っている。また、労働組合の強さの為に変化が遅く、組織の柔軟な再編ができないという大きな問題点がある。
関税政策で中国製の鉄製品には高関税が課せられると思うが、それでもUSスチールが需要が高い製品を作れる状況にすぐになれる訳ではないので、短期的に業績が改善する事はないと推測される。
元々日本製鉄はUSスチール買収の目的は電炉事業が目的だった。USスチールは数年前にアーカンソー州拠点の電炉メーカーのBig River Steelを買収した。USスチールは高炉を縮小し、電炉比率を高める戦略があった。日本製鉄は北米で電炉体制を構築したかったためにUSスチールを買収したかった。日本で大型電炉の建設は地価高騰、周辺住民からの反対で難しい。電炉は鉄スクラップが原料になるが、日本国内は鉄スクラップが不足している。一方アメリカは鉄スクラップが豊富で安価である。しかし、完全子会社化できなければBig River Steelの経営に介入できない訳で本来の目的は果たせなくなる。
以上を踏まえると、日本製鉄がUSスチールを持分法適用会社として経営に関与することは、本来の目的である「北米電炉事業への主導的な経営参画」を果たせないばかりか、巨額の投資のみを負担させられ、USスチールの組織改革にも手を出せず、日本製鉄自身の財務悪化を招く恐れがある。このような状況では、たとえ違約金が発生したとしても、早期にUSスチールの案件から撤退する方が、結果として日本製鉄の株主価値を守る判断となるのではないだろうか。